2016年09月22日

中指の使い道、日。

こんばんは。












人。




音楽人の端くれとして、時折感じる事がある。




本音、赤裸々な事を云えば、音は『音』として残すべき。


音質や内容に関わらず。


記憶の風化なんて簡単な話ではなく、創作者、表現者ならば、それは所謂『必須タスク』だと思うから。スパンは置いておいて。


LIVEだけ数本こなして解散してしまったバンドに、目に見えてカタチに残ったものは一体何だろうか。
Goodsではなく、撮影物ではなく、記念物ではなくて。それ以外の一番大切なモノの話。


良いCD、つまり良い音源が出来れば、良いLIVEは想像出来る。その想像の再現、そしてその想像の向こう側を目指すのが創造者(創作者/表現者)だと。


最低限のサイクルの中で、皆模索を繰り返し、時に二転三転したり、ぶつかり合い、切磋琢磨していくロードマップがあり。


小さなスタジオで気持ち良い爆音をぶつけ合って、それらをステージで放つ、と云うのも当たり前に必要な事だけど、それ以外の場所で何が動いているのか、そして動かしているものは何なのか、そういう事に頭を悩ませる事の方が重要だと思うけど。


良いステージが出来た、と云う喜びと、良い音がパッケージングされた、と云う喜びは、比べられない程の大きな喜びがどちらにもある。


良い楽曲が生まれ、良い音源を制作し、良い公演を行う。


必要最低限のサイクルだけど、単なる繰り返しなんかじゃない。


この必要最低限のサイクルの中にも、普通じゃ味わえないような苦悩や怒りや感動、何事にも代えられないヨロコビがある。




こんな考えも、もう通用しない時代なのかもしれないけれど、こんな考えしか出来ないから、自分達の信じる道において、これからもカタチを残していきたいものです。


生意気ながら、そう思います、端くれとして。










そんな日。





今日もお疲れ様。


posted by 依介 at 00:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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